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無双直伝英信流 居合兵法
義心会

更新情報

更新日更新項目
2019/08/20入門関連【10月度】
2019/08/15会員専用【連絡事項】
2019/08/15会員専用【行事参加連絡】
2018/12/09新規移設
2014/01/01リニューアル
2009/05/20ウェブサイト新規開設

義心会について

無双直伝英信流居合兵法を稽古することにより、居合道の継承と普及、発展を目的とし、居合道の教授、稽古、行事を通じて武道精神を養い、門弟相互の親睦を図ることを活動理念としています。

稽古においては八段を筆頭に「気・剣・体の一致」、「事理一致」に重きをおき指導しています。

当会は大日本居合道連盟に兵庫支部として加盟し連盟主催の各種行事に参加しています。

居合とは

源平時代の騎馬戦から、室町時代の後期には織田信長による槍隊、更に長篠の戦に見られる鉄砲隊による集団戦法に変わり、士卒の徒歩戦が多くなると、刀剣にも変化が出てきた。刃を下にし左腰に吊るした陣太刀に変わり、刃を上にした半太刀・打刀と短い腰刀、次いで大小の両刀を左腰に差すようになった。この変化は天文・永禄時代には既に始まっていたという。江戸時代にはいり、慶長年間から寛永年間にかけて広く一般化されるようになった。刀術においても、変化してくるのは当然のことである。

「居合」とは「立合」(剣術)に対しての語句である。「立合」とは両者離れて刀を抜いてから、次第に近づき勝負を決するのであるが、「居合」は座している時も、歩行している場合も、その場に居たまま抜刀の瞬時に勝負を決することから、「居合」と言われたのであり、当初は「抜刀術」と言われ、「居合」の語句が定着したのは、江戸時代になってからのことである。鞘口(鯉口)の切り方・柄へ手のかけ方・手の締め具合・足の踏みよう・腰のひねり等、身に危険を感じると如何にして素早く刀を抜くか、先又は後の先の鞘放れの一刀で敵を倒し身を守る抜刀術(居合)は、剣を修行する武士にとって必須の業であり、剣居一体と言われたのもその故である。

居合兵法は、始祖林崎甚助源重信公並びに、古来の剣豪に依って、苦心研鑽の末、創案・継承された、日本刀(真剣)を以って行う心身修養錬磨の道であり、急変に処して直ちに之に応じ、己が身を守る刀法で、その座作身体に依り、強靭な心身を錬成するのは勿論、自己を究明する道は、あたかも仏家の禅に同じく日本武道の根源であり、処世の大道である。「居合」とは「居り合う」意味であり、抜刀・抜合・居合わせ・抜剣・利刀・鞘の内・居相と言われ、常に居て急に合わすの意で、座臥歩一歩みな居合である。居合の「居」とは体の居る所、心の居る所ということであり、其の場、其の時の心身の実在を指しているのである。又「合」とは、来たれば既ち迎え、去れば既ち送り、打てば響き、呼べば答えるという臨機応変、当意即妙の働きをいうのであり、人を敬い、人を愛し、人との和合をなすものである。既ち居合とは、お互いの心を和合させ、行住坐臥、一挙手、一投足、森羅万象全て天地一体、万物同根にて宇宙と一体、和順することである。ただ単に刀を抜くことだけが、居合と思ってはならない。目にもとまらぬ早業をもって、電光石火、一瞬に勝ちを制するための使刀法の研究工夫だけで万事終わりと思うのは、まだまだ居合の真締・実相をつかんでいないものである。

人に斬られず、人斬らず、心の敵を作らず、邪念邪欲を去り、己を責めて己に克ち、天理に基づき人道にのっとり、刀を抜かぬ前の修錬を第一義とすべきことである。仮初にも刀を抜き人を損ねること無く、刀に手を触れず、人格・見識・威厳・徳行によって刀を用いず、戦わずして相手との和合をなすのが、真に居合道の真髄である。この事は古来からの日本武士道の極意とされ、絶えず己の心、胆を練り磨き、事を未然に防ぐ修養が何よりも肝心であり、刀は抜かないのが至極である。ただ相手に邪曲の意思がある時は、天理に基づいて破邪顕正の一剣、断魔の利剣の挙に出るのも道を求めるゆえんである。仏心鬼剣を以て機先を制し、沈着周到いよいよ発動する時は、遅速・緩急・強弱・陰陽を悟り、百錬の功を身に得て場に臨み、静中にして動、動中にして静、懸待表裏の技と残心を自得し事を納め、而して格調高き無限の品位と、風格ある境地に到達する事が、居合道の妙理である。一剣をもって身体を鍛錬し、技術を錬磨し、精神を修錬し、己を修め人を修め、天道に悟入し、一切の邪念を払って、至高至純に自己完成をはかり、悪に対して正をもって迎え、邪心に対しては誠心で立ち向かい、其の心はとりもなおさず平和を愛する心に通じる。故に居合道の錬成は、人類国家の隆盛に役立ち、ひいては世界平和に尽くす和魂の大道を歩む大人の武道である。これらの事は、新庄藩に伝承された林崎新(神)夢想流(林崎甚助重信の直門といわれる長野無楽斎の高弟一宮左大夫照信の流系)の伝書にある、居合の心得を和歌に託した秘歌の大事に、

居合とは 人にきられず 人きらず
ただうけとめて たいらかに勝つ

本の我に 勝つが 居合の大事也
人に逆らふは ひがたなりけり

居合とは 心に勝つが 居合なり
人に逆ふは 非がたなりけり

と、あることによっても、古来からの居合の精神が知られるのである。

(「林崎明神と林崎甚助重信」 財団法人 居合振武会 発行 より抜粋)